Myブックストーリー

「本と別れること、本と出会うこと」

清水 健吾
 学生だったころ、まだ知らない多くの世界を知るために、沢山の本を読みたい、と思っていました。蔵書が増えていくと、世界が広がっているよう楽しかったものです。社会人になってからは、自分に大きな影響を与えた本、忘れ難い記憶をもつ本を中心に、本を選ぶようになりました。新しく購入するにしても分野を絞るようになりました。
 所持せずとも、多くの本は本屋や図書館にいけば、いつでも手に取ることができます。そういうわけで多くの本を捨てようとしていたところ、東大の古本募金という仕組みがあることを偶然知り、自分の記憶と結びついていた本たちを、お世話になってきた東大に寄付できるならということで、利用させてもらうことにしました。大量の本を売ろうとすると、古本屋さんに嫌がられることも多いので、ありがたい制度です。

 学生時代は、文学ではホメロス、セルバンテス、バルザック、スタンダール、ドストエフスキー、カフカなどを中心に読みました。ときには数行を理解するために、長い時間をかけ、緻密に理解しようと試みることもありましたが、やはりわからないものはわからないです。他方で、言葉のリズムを意識しながら、音読しながら読んでいくと、難しいと思っていた意味がするすると判明していく、という経験もありました。

 本ばかり読んでいた学生時代は、むしろ生身の現実、たとえば異性や友人の発する言葉の意味を理解することが、難しかったです。その言葉のリズムを意識しながら、一度限りの場で、その言葉の形と言葉の意味を理解することが。

 そう考えてみると、社会人になって生きていくことは、一度限りの人生で到来する出来事やそこで発せられる〈言葉たち〉を――いわば実人生や世間という〈本〉を――読み解いていくことなのか、と思うこともあります。そこから経験を得つつ、実人生や世間を越えた「本」と、新たに日々出会いたいです。

(2012年9月 寄稿)
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